Executive Women vol.2
Yumiko Kizu Harper's BAZAAR Beauty Director
目次
ビューティ・ジャーナリズムの先駆け
世界でもっとも歴史ある女性ファッション誌として、『Harper’s BAZAAR (ハーパーズ バザー)』が創刊したのは1867年のこと。
この権威ある雑誌が日本に上陸したのは、意外にも、今世紀になってからである。アメリカ本国での創刊から、実に146年が経過した2013年に、日本版『Harper’s BAZAAR (ハーパーズ バザー)』が創刊された。
その準備段階からビューティ・ディレクターとして編集に携わってきた木津由美子氏に話を聞いた。
「インターナショナルのモード誌でビューティセクションをやり続ける人というのは極めて稀ですね。普通は美容誌や一般女性誌の美容担当を目指しますから」
ビューティ・ジャーナリズムの重鎮ながら、これまで取材から執筆までを、ひとりで行うという独自のスタイルを貫いてきた。その理由を説明するためには、その異色な経歴を知る必要がある。
「大学卒業後に就職したのは外資系エアラインです。その後、ファッション・カルチャー誌『流行通信』(※現在は季刊誌『WWD流行通信』)の広告部に転職したのが、ファッション・ジャーナリズムの世界へ入るきっかけでした」
そののち、化粧品会社のPRを7年務めたころに、『VOGUE』が日本へ初上陸。
激動の『VOGUE JAPAN(ヴォーグ ジャパン)』創刊期にエディターとして携わっていく。
「まさに黒船来航のような印象でした。創刊初期のころは編集長も頻繁に交代していたし、まるで雑誌業界の植民地のように見られていました。そんなモード誌のビューティをやりたいという人なんていなかったのです。編集部のメンバーが次々と代わっていくなかで、それでも同誌には、7年のあいだ在籍しました」
MBAを持つ異色の経歴
木津氏が在籍したモード誌を見ると『Vogue Japan(ヴォーグ ジャパン)』、『marie claire(マリ・クレール)』、『Harper’s BAZAAR(ハーパーズ バザー)』と錚々たるインターナショナル誌が並ぶ。
そのあいだに、ふと「MBA取得」という経歴があることに気づく*。詳細を尋ねてみると、さすがの貫禄で、「知り合いに誘われてなんとなく受験したら、受かっちゃったから入ってみました」と笑う。
*早稲田大学大学院商学研究科専門職学位課程(MBA)修了
「ビジネスには興味なかったけれど、入ってみたら、意外にすべてが新鮮で面白かったですよ。もちろんモード誌のエディターなどいないので、授業では相当浮いていましたけどね」
そこで得た広い視野と的確な判断力、ならびにグローバルな視点は、エディターとしての現職にも役立っているのだろう。ジャーナリズム視点でビューティを切り取るその独自の感性は、『Harper’s BAZAAR(ハーパーズ バザー)』2022年5月号のサステナビリティ特集にも色濃く表れている。
サステナビリティの奥深さをクローズアップする
近ごろ化粧品業界では、新ブランドや新ラインが誕生するたびにSDGs関連ワードがこれでもかと聞かされる(…)化粧品としてのクオリティとサステナビリティを高いレベルで両立させるのは、容易なことではないはずだ。だからマーケティング臭の漂う“サステナブル・コスメ”に引っかかりを感じるのである。
『Harper’s BAZAAR (ハーパーズ バザー)』2022年5月号p.166より抜粋
“サステナブル”というテーマほど、知見の積み重ねが必須となる取材対象はない。木津氏は『marie claire(マリ・クレール)』のビューティ・エディター時代からサステナブル特集を手掛けてきており、一朝一夕の企業努力では成しえない取り組みであることを熟知しているからこそ、執筆の難しさも感じているという。だからアシスタントを使わない分、仕事は増えるので苦労は多く手間も掛かるが、いまもひとりで取材し執筆することを選んでいる。
『Harper’s BAZAAR (ハーパーズ バザー)』のBEAUTYは、化粧品会社の代表が語る完璧なストーリーや美容の効果効能に纏わることよりも、研究肌の開発者といったPR畑でない人物からコスメブランドのリアルな姿を引き出す。アシスタントを使わないという理由のひとつに、その記事の社会性の高さが挙げられるのだろう。
「とくにうちの読者層は40代前後で、ラグジュアリーで目が肥えています。たとえば20代のアシスタントが取材して書いても、求められているテイストの記事はできないでしょう。また一昔前まで化粧品大国でしたから、新宿伊勢丹や阪急うめだ本店の化粧品フロアが世界一の売上を誇ったことに象徴されるように、日本には相当数の美容担当のエディターや美容ライターがいます。ただ、そのほとんどは一般女性誌や美容誌でコスメ愛用者の日本女性をターゲットに書いているので、モード誌のそれとはまったくスタイルが異なります」
たとえば同誌2022年5月号。LUSHがFacebook(現Meta)の内部告発を受けて、ユーザーを中毒性から保護するという観点から、昨年11月に世界48の国と地域で一斉にFacebook、Instagram、Tik Tokなどからサインアウトした。サステナブルという“現状維持”よりも、自然環境の「リジェネラティブ=再生」を目指して世界各地で生態系を戻す活動をしているという記事。そこにはあたかも全く分野の異なる『ナショナルジオグラフィック』のような空気感がある。
もともとビューティには興味がない、と木津氏は断言する。
「でも化粧品をつくるひとには、興味があります」
化粧品に関心がなくても長年続けてこられたのは、多様な人物たちに取材を重ねていくなかで、総合的知識が広がっていく面白さがあったからだという。
多角的に浮かび上がるブランドの姿
あのCHANELが「オープンスカイ ラボラトリー」と呼ばれる自社農園で2000種以上の椿(カメリア)を栽培していることを、どれほどのCHANEL愛好家が知っているのだろうか。同号の取材のなかで木津氏が出会ったCHANELの原料開発ディレクターである化学者から、日本原産のはずのカメリア・ジャポニカがなぜヨーロッパに生息しているのかということを教わったという。
きっかけは17世紀に英国人が椿のお茶を飲んだことだった。そのお茶があまりにも美味しかったため、椿そのものを仕入れようと軍人をアジアに送ったのだが、その軍人が持ち帰ったのは、飲料には向かないカメリア・ジャポニカだったという。お茶には使えないがとりあえず植えてみたらとても美しい花を咲かせたことで、欧州に普及。今でもカメリア・ジャポニカは英国で多く栽培されているそうだ。
「好奇心のままに調べていくと、昔、江戸城内に厳重に守られた椿ガーデンがあったようです。これを作ったのは2代目将軍の徳川秀忠ですが、かなりの椿愛好家だったようで、日本各地の名花を収集していたようです。でも、もとは花将軍と呼ばれた父の徳川家康が江戸幕府を開いたときに、京都の僧侶から白椿を献上されたのが始まりのようです」
たしかに木津氏のお話は、化粧品以外の余談こそ面白い。およそ“化粧品には興味がない”からこそ、ビューティに纏わる歴史や時事問題、日ごろ消費者の目に入らない取り組みまでフォーカスすることができるのだろう。
日本のような化粧品大国だからこそ、またサステナブルやSDGsが叫ばれるいまの時代だからこそ、真のビューティ・ジャーナリズムが果たすべき役割は大きいと言える。
今後もモード誌におけるビューティ・ジャーナリストの先駆けとして、唯一無二の視座からビューティ業界をルポルタージュしていくに違いない。
Harper’s BAZAAR 2022年5月号【電子書籍】[ ハースト婦人画報社 ] 価格:611円 |
PROFILE
Harper’s BAZAAR Beauty Director
木津 由美子
『Harper’s BAZAAR(ハーパーズ バザー)』ビューティ・ディレクター。静岡県生まれ。航空会社、出版社、化粧品会社を経て、『VOGUE NIPPON』(現・『Vogue Japan(ヴォーグ ジャパン)』)のビューティ・エディターに就任。その後『marie claire(マリ・クレール)』のリニューアル創刊に携わる。その後フリーランスエディターを経て、ハースト婦人画報社で『Harper’s BAZAAR』を創刊。2013年から現職。