1. HOME
  2. スペシャルインタビュー
  3. Exective Women vol.1
スペシャルインタビュー

Exective Women vol.1

Saori Masuda
Fashion Director (Vogue Japan)

ファッション業界の中枢で起きている変革の波

グローバル化が進むファッション業界において、長年のあいだファッションジャーナリズムの礎を築いてきた『VOGUE』紙。その『ヴォーグ ジャパン(Vogue Japan)』編集部において、約17年間にわたりファッション・エディターとして第一線で活躍してきた増田さをり氏に話を聞いた。

増田氏は、ジョン・ガリアーノやアレキサンダー・マックイーンがデザイナーを務めた「ジバンシィ(Givenchy)」や「ボッテガ・ヴェネタ(Bottega Veneta)」のPRを経て、ヴォーグ ジャパン編集部へ入社。そののちファッション・マーケット・ディレクター就任を経て、2018年からはファッション・ディレクターを務めている。

2020年以降、コロナ禍により、ファッション業界にもさまざまな変容の漣が起こってきた。この2年間、世界4大ファッション都市と呼ばれるミラノ、パリ、ニューヨーク、ロンドンで行われるファッションウィークで、無観客で名だたるブランドのランウェイショーが行われてきたのだ。もっとも興味深い出来事は、2年のあいだ世界のファッション・ジャーナリストやファッション・エディターが、主なランウェイショーをオンラインで見てレポートしてきたということかもしれない。

現地に足を運ばずに観覧できるスケジュール上のメリットはあるが、ランウェイを一定の角度からしか見られない動画ではデザインを立体的に捉えることが難しいこと、また洋服の生地が把握しにくいことなどがデメリットとして挙げられる。

「毎年パリやミラノへ足を運び、過密スケジュールのなかでショーを見ていくのはハードですが、業界人同士の会話から得られるものは大きいし、フィードバックを分かちあい、重要なムーヴメントをキャッチすることはその場にいなければ叶いません。

一方で、オンラインで各国の『VOGUE』ディレクターと合同会議をする機会など、これまでなかった経験も得られているという。

そうしたオンライン会議にはしばしばアメリカ版『VOGUE』の編集長アナ・ウィンターも出席する。短い時間ながらも、ファッション界のトップであるアナ・ウィンター自身の声を聞くことで、世界のファッション・ムーヴメントがそこから生まれていく空気を体感できることもある。

ここ数年のあいだ世界中の企業やマスコミ業界全体で、人種や多様性についての認識が広がるなかで、コンデナストのグローバル・チーフ・コンテント・オフィサーであるアナ・ウィンターも人種差別、体形に纏わる偏見を無くし、ヨーロッパ中心主義的な美の基準から脱却するディレクションを打ち出してきた。

そのようなメディアのグローバル化に関して、増田氏はこのように語る。

「わたしを含め、世界のファッション・エディターたちは、なにが正解か、ということを常に模索しているのだと思います。

多様性を肯定するということは、ジャーナリズムとしてなにに目を向けるべきか、その対象が非常に多岐に渡るということ。

近年『ヴォーグ ジャパン(Vogue Japan)』としても、日本版としての独自性を打ち出しつつさまざまな問題と向き合ってきました。

カバーモデルであるユミ―・ヌーの起用を始め、まさに2022年4月号はファッション業界の挑戦と模索を体現したものとなっています」

ファッションにおける多様性の肯定とはなにを指すのか。

『ヴォーグ ジャパン(Vogue Japan)』4月号のテーマ「BODY CONSCIUOUS(ボディ・コンシャス)」

ジェンダーレス、痩せすぎるモデル体形からのファッションデザインの解放、人差別の根絶、サスティナビリティ、エイジレス―グローバル戦略のなかで打ち出すべき方針は明確であっても、各国のファッション・エディターたちにとって、すべての読者に対して正解を提示していく作業は困難を極める。

ヨーロッパとアジアにルーツを持つユミ―・ヌーが表紙を飾った2022年4月号。果たして表紙に「BODY CONSCIUOUS(ボディ・コンシャス)」のテーマそのままにボディコンを纏ったフルレングスの写真を掲載すべきか、パーソナリティーのみを映し出すポートレート写真がふさわしいのか、増田氏は迷ったという。しかしいまファッションディタ―たちのそうした迷いに、だれもが納得する正解を明示できるひとはいないだろう。

このようにファッション受容のあり方自体が問われている迷いのときではあるが、さらに昨年より、相次いで世界各国の『VOGUE』編集部で編集長など重要ポストが入れ替わったことも大きな話題となった。

昨年末には長年『ヴォーグ ジャパン(Vogue Japan)』を率いてきた渡辺三津子氏が編集長を退任。その後任として、ティファニー・ゴドイ(Tiffany Godoy)氏が同誌のヘッド・オブ・エディトリアル・コンテントに就任した。

ティファニー・ゴドイは、これまでも『ヴォーグ ジャパン(Vogue Japan)』をはじめ、世界各国のメディアに寄稿しており、『ザ・リアリティ・ショー・マガジン(The Reality Show Magazine )』の編集長兼クリエイティブ・ディレクターも務めている。

「ティファニー・ゴドイは90年代に日本に住んでいて、日本語がとても上手で、日本人のメンタルもよく理解しています。アメリカ人ではあるけれども日本文化への造詣が深い人物でもあります」

アナ・ウィンター(Anna Wintour)米「ヴォーグ」編集長兼コンデナストのグローバル・チーフ・コンテント・オフィサーは、「ゴドイは、プリント、デジタル、オーディオ、動画と、ジャンルを横断する編集経験を持っています。さらに、日本のファッションとカルチャーへの深い理解とパッションがある彼女は、このポジションに適任なのです」と期待する。

参照元:https://www.wwdjapan.com/articles/1304459

グローバル化のなかで模索するメディアのあり方

このように『ヴォーグ ジャパン(Vogue Japan)』編集部にもグローバル化の波が押し寄せているが、そのなかで増田氏が考えていることを聞いた。

「メディアがグローバルになって一番感じるのは、異なる文化圏のひとたちへ説明することの難しさです。ファッションは頭で考えるものではなく、感覚で捉えるもの。たとえば日本人の男性は、欧米人男性に比べてスレンダーで骨が細い。

その男性たちが線の細さを活かしたジェンダーレスなおしゃれを楽しんでいるのと、体格の大きな欧米の男性が同じファッションをするのとでは、まったく意味合いが異なります。

けれどもその日本人男性のファッションの成り立ちを論理的に説明しようとすると難しいのです」

幼少時にヨーロッパに暮らしていたときから、そこで見られる事象を日本人に的確に伝えるにはどうしたらいいのか、よく考えていたという。

そして帰国後も外資系企業で仕事をするなかで、日本人同士では感覚で理解できるような事柄を、どのように海外のひとたちに説明すればいいのか悩むことが多々あったと語る。

「年を重ねて学んだことは、感覚で物事を話してはいけないということ。誰もがわかる基準、数字なりで論理的に説明しないと、文化背景の異なるひとびとには理解はしてもらえないから」

『VOGUE』というハードワークで知られる雑誌編集部に長年身を置いてきた増田氏に、尊敬する女性について尋ねると、同前編集長の渡辺三津子と、前エディター・アット・ラージのアンナ・デッロ・ルッソの名があがった。

アンナはコンデナスト・イタリアでイタリア版『VOGUE』のファッション・エディター、そしてルオモ・ヴォーグの編集長を務めた後、2008年から13年間ヴォーグ ジャパンのエディター・アット・ラージおよびクリエイティブ・コンサルタントを務めてきたファッション界の重鎮だ。

「渡辺さんはひとの話に耳を傾けることに秀でていて、これまでいろいろな相談をしてきました。アンナ・デッロ・ルッソはヴィジョンや意見がはっきりしていて、二言三言の表現だけで、とても明確にそのヴィジョンをヴィジュアル化させることができます」

いまはふたりとも『ヴォーグ・ジャパン(Vogue Japan)』編集部から退任している。

「彼女たちと仕事をしていた時期には、ファッションストーリーをつくるにせよ、表紙を撮影するにせよ、何が正しいのかこれほど自分に問うことはありませんでした。でもこの一年ほどで、大きく社会情勢が変わり、決定したあとのことに関してもその正当性を問うようなことが増えています」

ファッションは、社会情勢に大きく影響される。ソーシャルメディアがなかった時代は、雑誌が打ち出す姿勢はメッセージ性が重視されプロパガンダとして受け取られていたものだが、いまはあらゆる発信について神経を使わなければならなくなった。

そして増田氏も、このコロナ禍に加え世界情勢では戦争までも起きている状況のなかで、“ファッションをやるということ”はなにかを考え続けているという。そこに明確な可否のガイドラインがあるわけではない。

ファッション業界の中枢で変革のなかを生きる増田氏は、日本人としてのアイデンティティーという視点を失わず独自のクリエイションを目指しつつ、いまグローバル化するメディアのなかにおいて「ファッションのあり方とは何か」を模索しながら前に進んでいる。

VOGUE JAPAN 2022年4月号 No.272【電子書籍】

価格:610円
(2022/3/24 12:25時点)

PROFILE

増田さをり 『ヴォーグ ジャパン(Vogue Japan)』 ファッション・ディレクター

東京都出身。幼少期はイタリア・フランスに暮らす。東京女子大学卒業後、「ジバンシィ(Givenchy)」及び「ボッテガ・ヴェネタ(Bottega Veneta)」のPRを経て、 2005年より『ヴォーグ・ジャパン(Vogue Japan)』編集部エグゼクティブ・ファッション・エディター、2008年よりファッション・マーケット・ディレクター、2018年よりファッション・ディレクターを務める。

COLUMN

RECOMMEND